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2012年5月26日 (土)

愛の和

諸外国の人は良く言っている 私の一番大事は何よりも家族です とそれは誰しもそうだとは思うが我が国でもそのように言っている思っている人が殆どであろう

しかしその中身が全然違う、仕事があっての家族が我が国である 家族があってこその仕事が諸外国である その違いは大きいと言わざるを得ない

家族は何よりも大切であり男は扶養の義務もある が心の拠り所であり心の支えであり生き甲斐の筈である

がその基本的な心が昨今欠けてきている 自己中心の生き方が家族間にも広がっていて核家族化が進み家族ですら何をしているのか何を考えているのかも知らない家族が多いのである

何とも情けない話である、それがしいては家庭内暴力や離散と不和になっているのである、家族が何かにつけて支え合うのは当然である 当たり前の中の当たり前である

がそれすらしない人間が実に多い 身内であってもそんなん知らんわ と言う 私も仕事柄いろんな方を観るが何かと問題のある人はやはり家庭にその根本的因がある

家族間の仲の悪さであり不仲である そして知らん顔の仲である そんな状態になればもはや家族とは呼べないのである 一番大切な和の心、仲良く明るく朗らかに暮らす 

何でも隠し事なく労り護ってやりしてこその家族である それを愛の和と言う それはやはり御先祖の霊格そのものが大きく作用している

今までのその家系の生き方であり親代々の考え方や心の結果なのである。

男は女次第である

この世界は残念ながら真実は女性が支配していると言っても過言ではない 男が・・とお思いの方はよくよく考えれば分かる

男などは女性次第でどうにでもなる生き物なのである 女性上位と言う事ではなく古今東西人間社会は女性が主であり男性は副なのである

幾ら男が頑張っても女性には勝てないのである 現代は男の世界と誰しもが思っているが真実はそうではない 

女性は陰で男性は陽である だとすると陽が主の筈と思われるがこれもそうではない 女性は陰の主なのである

男の運は女性で決まると言える 伴侶の出来不出来で男は決まると言って過言ではない、勝負の世界を視れば顕著であり分かり易い

結婚して途端に駄目になったとか 急に良くなったとかはざらにある それほど女性の力は強いのである 世間にある上げ万下げ万と言う言い方も卑猥ではあるが真実である、

これも転生の因果因縁である事は申し上げるまでもないのである 出来の良い伴侶を求めるなればやはり普段からの心と性格を改善しなくてはならない

女性に対しての好みや傾向を変えるというのは簡単なようで実は難しいものなのである、それは各人の人生を振り返って頂ければ了解されるであろう

いい顔と悪い顔

たまには専門家的な話もしないといけないので簡単に話そう それは人相であり観相についてである 毎度なので飽きられたかと思うが大事でもあるので懲りずに申し上げる

世間的に良く言う言葉にあの人はいい顔をしている あの人は悪い顔してるな とか言うそれである それは確かに的を得ている話である

人間の顔は心と性格、考えや因果因縁までもを表しているのである、単なる占いではないのである 現実の精査に因ってその人が知れるのである、 

で私がいい顔をしているな と専門的に感じるのは欲得を離れている顔 これが一番良い 仕事で言えば芸術に関わっている人間である しかも金銭に頓着ない人間である

こんな人は実にいい顔をしている バランスが素晴らしく良い 心と性質が真っ直ぐである、悪い顔の見本は何事も暴力で訴える仕事その筋の人間が代表である

又政治家もロクな顔をしていない 本来いい顔をしていなくてはならない仕事であるが現実にはそうではない 狸顔の首相や悪代官そのままの小沢氏 坊ちゃんで何も出来ませんと言う顔の谷垣氏など

更に詭弁を使うので顔が歪んでいる政治家など悪い顔の見本市が政治家である しかし明治の元勲と言われた政治家は一癖も二癖もあるが厳しいいい顔をしている

素人さんでも対人関係でお悩みの人も多く居られる 人の相を視る訓練を少し出来ればそんな悩みから解放されるであろう 

それほど人相と言うものは正直なのである。

2012年5月25日 (金)

男女のトラブル

三面記事は相変わらず男女の縺れが原因の事件が多い 最近は出会い系の事件も多発している、考えれば怖い話である ネットのみで相手を最初は見ないし見えないのである

しかも目的が非常に短絡的である(そうでないのもあるらしいが・・・) 何とも言いようがない人間の性を思わせる 又今まで縁がない者にも朗報だと言う人もあるがそうではない

男女の仲を綺麗事に言うつもりは更々ないがしかし男女の事件は古今東西なくなることはない、人間である異常は永遠のテーマと言う事か

私も色情の因縁が強くて苦労した部類である 縁はあって結構なのだがそうした因果因縁があると良い縁はなく苦労のみが残る結果となる

それを自身の人生で証明している、良い相手に巡り会いたいとは誰しも願っている事である、がそれが難しいのである

鍋には綴じ蓋と言われる つまりは自分の程度の相手と一緒になると言うことである、自分の程度を知らなくてはならぬ それと愛し合うと言う事は信頼である

相手の信頼を自分の信頼を共に支えなくてはならない ややともするとああして欲しいこうもして欲しいと願うばっかりの人もいる

それでは良い相手に巡り会う訳はないのである 自分の事が中心で相手の事に興味すら示さぬ人も居る それでは駄目である そんな人がトラブルを起こすのである。

相手を思いやる優しさと犠牲の心 これが互いになくては人生の伴侶とはならないのである、これは理想ではなくそうでなくてはならない常識である。

井の中の蛙

我が国は貿易立国である、外交は我が国の生命線でもある しかるに現在の政府は一体何をしているのか 外交音痴の馬鹿ばっかり集めている

世界で大国と呼ばれるに相応しい活動を諸外国でしているのか と言うことである、全く政府の無策無能で何とも貧粗な国家に成り下がりつつある

島国根性も大概にしないと今以上に世界から取り残されるのである 現にそうなっている 自国の財政も大事だがもっと大事な事は世界に目を向けて細心の注意を払っていくことである

いろんな国際会議に専門家を派遣し何も知らない出来ない大臣など何の必要性もないのである、早く民主党政治を終わらせないといけない 

世界から益々離される 危機感を持たなくてはならぬ 素人の私ですらそれ位は分かっているのである 議員たるもの又外務省の連中は馬鹿か 素人か 税金泥棒か

税金など捨て置いて国際的な地位の確立に邁進しなくてはならぬ しっかりしろ 料簡を広くしろ 何とも馬鹿げた連中である 今のままでは所詮は井の中の蛙である。  

結婚は是か非か

結婚と言うテーマは人生の重大事であるらしい と言うのは私は別段結婚にそんな重要を感じていない為ではあるが

何故に結婚結婚と騒いでうるさく言うのか良く分からぬのが私の考えである 昔から言うであろう結婚は人生の墓場なりと それはそのままである

子孫を絶やさず子々孫々まで反映を願う心が純粋なればそれが目的であるなら結構である 大いに結婚しなさいと申し上げる

が昨今は親が子供の結婚に非常にうるさくやかましいと言うのが実状である 何で結婚させたいのか良く分からぬ 孫の顔を見たい為か

馬鹿げた話である 幸せの価値観の問題なので徒に批判はしないがそれで子供が離婚すればもっと悲惨である そうなるケースが多い

何事も自由にさせればいいのである これも因果因縁である 相手が居れば必ず巡り会うものである この世界は縁で結ばれているのであるから

が近頃は若者ですら結婚と騒ぐケースが多い 男は夢を持ちその目的に邁進するのであれば結婚は却って阻害となる 短絡的な恋愛から結婚と言うケースが近頃は圧倒的に多い

夢がないのである 人生の希望や果てしないロマンがないのである 何とも殺伐としている社会ではある この世界は共産国ではない 自由な民主主義の国家である

何も自分の手足を縛る事をしなくても良い 女性も同様である 別に亭主の面倒を進んで見る事もないのである 折角の人生である 自由に生きなさいと申し上げる

結婚は百害合って一利なし とは言い過ぎだが大凡はその通りである

悪因縁消滅の法

悪因縁消滅の法とは又大層な事ではある が中身は実に簡単である、そんなものは簡単に出来るのである

本人や家系にその心があればである 誰しも多くの転生をしている 実に多くの繰り返しをしている 生老病死を体験している霊魂である

その多くの人生の中で完璧な生き方をしている者など居る訳がない 居れば肉体など必要はないのである

それが過去からの罪障でありカルマと称される因果因縁である、今の貴方の状態は親にも誰にも本来は責任はない 貴方自身の因果因縁である

それを他人や周囲に責任を持っていくのが現代では当然のようにしていて多くいる、馬鹿な事である それを罪の上塗りと言うのである

まず根本にその真実を悟らなくては知らなくては認めなくては前には進まぬ それを認めて何事も自分の因縁と理解出来れば最早因果因縁は消滅の方向に向かっている

そしてその因果因縁は悟ったから認めたからとてなくなりはしない 起こるべきは起こるのである、それは聖人とて同じである ただその覚悟と気構えが全然違う

それを仏教では大難は小難となり小難は無難となると言うのである。私には罪障があり何が起こっても不思議ではない と悟れるのである

事故や事件、不和とか不幸もそうだがこれで済ませて頂いたと感謝出来るのと何でこうなるんやと怒り憤り嘆くのとは天地の差がある これが悪因縁を消滅させていくのである

憑依の深刻さは・・

私の元に来られる相談者の中には深刻な方も居られる それは主に霊に関してが多い、憑依の末期に来られているのでどうにもならぬ場合が多いが

私も浄める専門家としては何とかして差し上げたいその一心だが精神まで犯されてはどうにもならぬ しかし多くの疑問や問題点もある

それは親にである どうも辛い日々でありどうにもならぬ憤りの状態は理解しているが誠意と言うものが感じられぬ事が多々ある

親の誠意と愛情は誰しも持ち合わせている がこのような場合に第三者の私から見て正直に言うと本当に治す気があるのか と疑問を持たざるを得ない事が多々ある

直接にお会い出来れば最善なのだがそれが出来ない遠方の方だと電話なりの必死さがなくてはならない がそれがない 諦めていられるのかも知れないがその辺の誠意がない

だから私もそれ以上は入り込めないのである、憑依が進めば精神を肉体を犯されるそうなるとどうにもならぬ 私は思う 貴方の御先祖は一体何をしているのか

大事な子孫を見殺しにする気かと 怒りを覚えるのである、又そのように普段から御先祖のお祀りを怠ってきた家系にも重大な責任があるのである

ローマへの道は一日にして成らず である、そこまでなってしまった原因が親にあるのは言うまでもない 憑依に苦しむ方は深刻にならないように普段から御先祖を大事に敬いお祀りを欠かしてはならない

何せ身内である 霊の事は本来霊でしか解決は出来ないのである、それとあっちこっちの霊能者や宗教を尋ね歩いてから私の元に来られるのは遠慮願う

私は綺麗事でしている努めではない 心から命がけなのである 治らなくては私も苦しむ、何故今まで・・・と憤り怒り情けないと自らを責めるしかなくなるのである、

2012年5月24日 (木)

心と心は感応し合う

私は霊能者ではない が霊感は当然並とは違っている 霊を導き感じるのは当然である、がその霊感はどのように普段は使われているのか時々考える

相談だとスイッチが入るようなもので霊気を感じたり浄めも自在である が普段である、人と人との相性というものがある それは占いでも重要なテーマである

で人間の心は自覚が当人になくても相手の心と感応し合うと言う事に近頃気がついた、遅い事だが 分かり易く言うとである

知らない相手と会うとこの人はどんな人だろう とまず知るように努力する が貴方の心は会った時に瞬間に相手の心を感じて知っているのである

意識では分からぬがそれは感覚で知る事が出来る、この人と話をしていると何か知らないがしんどいな とか何か嫌な感じがする とかの第一印象である

この第一印象こそが自分の心が相手の心を見通している結果なのである 一緒に居ると楽で楽しい 時間を忘れる というのもある

だが何か一緒にいると帰りたくなるような人も居る それが自分の心が相手の心を見通している為であり 良くない相手と言う事であり心と心との相性が悪いと言う事である

人の好みは様々だがその好みはあくまで自分の主観であり自分の心と思っている が真実は全く違っている 貴方の心は相手の心を知っている だから感覚で貴方に教えているのである

私も多くの方と知り合っていたが会っていて楽で楽しいと言う人は実にたった一人であった、無論霊的な意味合いも私にはあるが それにしてもしんどい 辛い人ばっかり相手に

していたと我ながら自身の能力を甘く見ていたと反省する昨今である つまり貴方の心は相手の心を見通している のである、

無理を通せば道理が引っ込む

昔からの言葉に 無理を通せば道理が引っ込む とある、何事も無理をすれば上手く行く事でもその反対になると言うである

そんな状況の人が今も多いであろう 物事は何かにつけて道理や道義、常識が大事である、がそれも時と場合に因るのは申し上げるまでもない

個々の我欲の押しつけは自分の破滅を招く 人間関係でもそうである 自分を主張し過ぎると無理が生じて上手く行かなくなるのである

自然に流れるままにするのが一番である 逆らうなとは言わぬが何を言われても何をされてもそのまま流されれば良い

そんないい加減なではなく人事は尽くして天命を待つとはそういう事である 尽くすとは相手の立場を尊び自分の意見や考えは二の次にすると言うことである

その心には利他行があり犠牲の精神が存在し何よりも愛があるのである、何事も無理をしなさんな 心が正しければ物事は成るようになるものである

因果因縁は流れるままに逆らうな と言うことである。

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